会長コラム

会長コラム ~同人誌『飛翔』に投稿したコラム集~

法人30周年と社長交替

私が仕事についてから50年になるが、個人商店であった人見建設を法人化とすることに同意した父が「おまえが代表になれ」と言ってくれたので、気の変わらぬ内に手続きを進めたのが1983年12月28日法務局受付け年末最終日であった。それから30年がたった。 月日の経つのは早いものである。
 新社長は同友会でながらく勉強している私の長男である。人見建設法人設立30周年記念祝賀会を2014年中に催すので、その時にあわせて社長交替をと、前から決めていた。お客さまや関係者に2度もお集まり願うのは恐縮なので、これで良いとのことではあったが、まわりの近しい方から「もう交替か、えらい早いなあ」と云われた。
 前の20周年の時も記念行事を何時にするか迷っていたが、結局お集まり願う事を考慮して、弊社の忘年会と一緒に20周年記念忘年会とした。するからにはきっちり20周年日の12月28日とした。案内状をもらった方からえらい年末にと驚かれた。
 その時の主賓のご挨拶は、飛翔同人で弊社の顧問弁護士事務所代表の莇先生にお願いした。先生のお父さまは大工さんで、お父さまが愛用されていた小さな鉋をポケットから出して話された事を懐かしく思い出す。
 今回の30周年は、同友会を創られた偉大な先輩経営者の思いを継承している、京都同友会荻原事務局長に主賓のご挨拶をお願いした。
 私が同友会に入会したのは1984年、37才の時で、長男は2001年、30才で同友会青年部に入会した。親子2代同友会で学ばせてもらっている。
 私は、入会当初は忙しさにかまけてほとんど例会に参加出来なかったが、長男には同じ年代の者同志、積極的に参加するように促した。水があったのか、良く出掛けるようになった。
 そのうちに、事業継承の勉強例会に参加し始め、経営指針の道場にも参加し、独自の経営方針をつくって持ってきた。 また、中小企業の事業継承で問題になる株の再分配も自ら株譲渡を親類に話し掛け、数年かけて解決をした。そのような訳で、事業継承の時期は自ずと30周年と合わすことが出来た。
 弊社の経営理念を確立したのは、今から24年前である。理念に基づいて今日まで仕事の質を高め向上をめざして経営を続けてきたが、理念を補完する社則の整備、就業規則の充実、賃金評価制度、業務基準の進化など社内体制が整うことにより、お客さまに喜ばれ信頼される事業をすすめることができた。
 後進に代表を任せられるのは喜ばしいことであり、これはひとえに1300余名のお得意先、100社以上の仕入先、協力業者、そして社員親戚の皆様のご支援の賜である。
 創業から数えれば今年で96年となる。祖父・八三郎が1918年(大正7年)夷川通り河原町西で町家大工をはじめ、父・弥一郎が戦後資材不足な中で1946年、人見建設として事業を興した。そして私が代表取締役として法人化し現代に至ったのである。
 法人化した当時売上高は1億円少しで10人弱で設立した。現在共に頑張っている仲間は現場監督のO主任・Y主任と専務人見康の3人である。あれから30年が経った。
 現場叩き上げて勉学に励み、一級建築士の資格をとり頑張っている3名の監督や後輩の大工見習い生を育てている大工のN棟梁、新規取引先を開拓営業で自ら仕事を作り出し今年、不動産部長に昇格したI部長。社員の成長が社業の発展につながっている。
 社長交替は大変淋しい限りだが、考え様によっては会長職もいいもんだと思う。当面は新社長をささえ、役務分掌表に基づいて業務をこなしていくが、体力は衰えており、月1回の日曜営業当番や土曜の業務から解放されることに、ほっとしたものを感じている。
 長男に近いうちに事業継承を託す、と言ってから随分となるが、いよいよその時期が迫ってくるとなると様々な事に忙殺されている今日この頃である。

人見 明

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